ここからは核心に触れさせていただく。
正直信じられないと思う方も多いと思うが、そこは問題としない。
事実がそこにあり、それ以上でもそれ以下でもない現実がそこにあるというだけの話である。
解釈や受け止めはこの事実に触れた皆様次第であるということだ。
フランケルの種付け料6500万円が正にその象徴
現在、馬事産業界の資本主義は、賞金狙いや馬券で稼ぐといったレベルの話ではない。
全ては「種牡馬価値にヒエラルキーを産みださせるための仕組み」に繋がってゆくのである。
2023年秋、「Frankel(フランケル)」の種付け料が「6500万円」に設定されたというニュースが流れたと思うが、まさに「ソレの結晶」である。
その意味で海外競馬は「露骨」な部分が多く、海外競馬で見られる「GIなのに5頭立て」というレースや、特定の種牡馬に偏った出走メンバー構成であったり、出走がキャンセルできる仕組みであったり、「馬券発売という側面が最上位」の日本的思考では考えられないような事象が海外競馬、とりわけ「欧州の馬事産業界」では数多く散見されているのも、全ては「ソレ」を実行するためである。
海外競馬の特大GI競走以外の「賞金の安さ」をご存じない方はいないだろう。
その様な状況下で「6500万円」などという種付け料が回収できるとお思いだろうか?
その9割近くの産駒は「未回収」のまま終わることになることは火を見るよりも明らかであるにもかかわらず、フランケルの種付け料にこの様な金額が設定されることこそが、背景に「ソレ」があるということの証明である。
つまりは「絶対的なタブー」が欧州競馬界には存在しているという事。
その「絶対的タブー」の仕組み全てを日本の競馬界にコピーして移植することは難しいが、根本的な思想は同じであり、手法が少々違う「日本式のタブー」が存在していると考えて頂ければいい。
その「日本式タブー」はここ20年近くで大分増えてきた。
つまりは「社台の運動会」「使い分け」と競馬ファン自らが口にしている事象と非常に関連が深い。
馬事産業界の互助システム
日本の競馬場に必ず一つある「馬主協会」。
この馬主協会の活動資金がどのように捻出されているかご存じであろうか?
馬主は基本的に複数の「協会」に所属することが可能である。
例えば「東京馬主協会」「札幌馬主協会」といった形で、同時に複数の協会に所属することを可能とするが、資本力の大きな馬主は各協会の争奪戦が繰り広げられるのである。
なぜか?
各協会の予算のほとんどはJRAからの助成金で成り立っているが、その助成金の分配は「所属する馬主の持つ競走馬の競走成績」に準じて、配布割合が決まるのである。
例えば東京馬主協会の会員が100名、札幌馬主協会の会員が100名だとしても、人数は配布割合に関係なく、それぞれの100名の持ち馬が、その年「何勝して、いくら稼いだか」によって配布割合が決まるのである。
仮に、こうしよう。
この様な結果となった場合、JRAから助成される金額は人数や競馬場の規模感・開催日数で決まるのではなく、単純に札幌馬主協会には東京馬主協会の「倍の助成」が行われるということである。
事実としてなぜ、年間7週程度しか開催されない函館競馬場や札幌競馬場が莫大な金額をかけて改修工事が行われたか。
函館、札幌の馬主協会には「吉田」の名前を筆頭に、オーナーブリーダーが数多く名前を連ねている。
何をかいわんや、単純に予算が多いのである。
この事例を基に何を申し上げたいかといえば、「馬主間での互助システム」は長らく機能しているという事実を理解していただきたいということであり、事実そこに大きな金額が動いているという事実である。
この考え方自体が【Syndicate Protocol】であり、「日本式のタブー」にも繋がる概念であるということ。
「日本式タブー」とは
誤解を恐れず簡潔に申し上げれば「レースの結果を操作する」ということ。
勿論八百長などではない。
全てを赤裸々に説明することは控えるが、つまりは皆様がここ数年見てきた「使い分け」や「〇〇の運動会」という状況こそが、まさにその一端である。
無論、全てのレースでそのような事が行われているわけではない。
最大の目的は「種牡馬価値の恣意的な創造」であり、それこそが「馬事産業界のSDGsの根幹である」ということ。
サラブレッドが自然繁殖できぬ動物であるように、自然競争が前提であるにもかかわらず、本来であれば「一定の種牡馬の産駒だけが突出した競走成績をおさめる」ということはないのである。
配合の時点から有力な繁殖牝馬を集め、特別な育成を施し、レースでは使い分けを多用しながら、「好成績を収めているように見せる」ことが、種牡馬価値の創造には欠かせないのである。
上級な繁殖、上級な生産牧場、そして、特定の育成牧場、特定の厩舎、特定の騎手、特定の獣医、いわば「トップチームをあてがうこと」でそのポテンシャルを引き出し、全てを有利に運び、更には「レース」においても「ノイズを排除」し、成績を作る、印象を操作するのである。
評価経済が叫ばれて久しいが、馬事産業こそ「評価経済の縮図」である。
その合理的な資本行動の副産物として「馬券にも適用できる情報が必然的に生まれる」ということ。
HSP RACING-SALONで扱う情報は、巷でよく見る馬券のための馬券情報ではなく、馬事産業界の根源的な営みから必然として生まれる情報であるからこそ有益であるということである。
HSPの「4つのSP事業部」は、全て「現場に色濃く介入している部門である」ということ。(SP=Syndicate Protocolの頭文字)
国内はもちろん海外からの輸入種牡馬に関するすべてに関わる部門である。
生産牧場の配合コンサルテーションは勿論の事、研究機関とのDNA調査、各個体の追跡調査に立ち会っている。
種牡馬シンジケートを組成する際に各牧場の持つ繁殖牝馬とのDNA検査を通じた相性診断は勿論、飼料や昼夜放牧にいたる点まで深く踏み込んだ関係性を築き、単年株などのノミネーション事業などを含めた種牡馬資産の運用を行う部門である。
いわば「オーナーズ組織」をどう組成してゆくかという部門であるといえばわかりやすいのではないか。
国内海外に限らず「競走馬の保有」をプロデュースする以上、各個体の調査のみならず育成やレース選択に関わる全てに関わる部門である。
「ゆりかごから墓場まで」ではないが、まさに「各競走馬とそれに関わる人」に寄り添う部門である。
近年は種牡馬や競走馬のみならず「繁殖牝馬シンジケートを保有する」というスタイルが確立しつつある。
海外の著名な繁殖牝馬を複数名の牧場主や個人オーナーが共同購入し保有する形式である。
同じ種牡馬でも「牧場の質」で走る走らないの傾向が色濃く出ているのはご存じだとおもうが、例えばノーザンFの凄さはそのまま「繁殖牝馬の質の差」であることは疑いようのない事実であり、牧場の成績=繁殖牝馬の質である事実をしっかりと理解している方が実は少ない。
社台グループの発展を「サンデーサイレンスの成功」に結び付けている方は多いが、それは「表向きの話し」であり、本質はサンデーサイレンスに賭けた予算の数十倍の予算を「繁殖牝馬の輸入に充てた」ということ。これこそがマスメディアの「ミスリード」から生まれた馬事産業の格差社会の象徴であり、「繁殖牝馬の質向上」にどの牧場よりも先駆けて動いた社台グループの本質である。
これは競走馬に関わる事業ではあるが、基本姿勢は「不動産事業」である。
ここ数年いわゆる外厩がもてはやされ、大規模育成牧場を共同開発するということが当たり前となっている。
牧場施設を大規模で作り、そこに複数の厩舎を設置し様々な牧場が育成施設を使用する権利を持つ。
各育成牧場には「馬房を賃貸」し、賃料売上で利回りを出す。
完全に不動産事業といえる。
これは、北海道浦河にあるBTC(軽種馬育成調教センター)がモデルケースとなっている。
簡潔に各部門が様々な現場にいかに深く介入しているかを記述してきたが、つまりは「各馬の状況の全てはつぶさに管理できている」ということを申し上げたいのだ。
これらの現場サイドとのリレーションがあることを土台に、その上に「シンジケート情報」が成り立つということ。
それらの現場から得られるDATAは日々更新管理され、シンジケート認定競走の精度を保ち、他の情報提供会社に追随を許さない「大きなアドバンテージ」として機能しているということを申し上げておきたい。
そもそもが「新聞の売上」のための取材を行っているマスメディア等とは、情報の密度・精度が違うのである。